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ウパチャラ

地鎮祭

5月1日。朝10時から、現場でウパチャラ(儀式)を始めるという。いわば地鎮祭である。10時ちょっと前に行ったら、まだ誰もいないので、近くの村を探検して11時に戻った。

南から近付いていくと、水田が続く向こうに、椰子の木の林が見える。その足元にはクローブや、その他いろいろな木が生い茂っていて、こんもりとした塊をつくっている。その塊の手前の一段高くなって茅が青々と繁った所が、わが敷地となるべき土地である。A-HOUSE-INーBALIは、どこまでも突き抜ける空が、椰子の林とブッシュによってワヤンクリッの影絵のように繊細に切りとられた背景の中に、忽然とその姿を現すことになる、はずだ。

闘鶏

茅畑の横に、何か金属質のものが黒山のように置かれている。よく見ると、おびただしい数のオートバイだ。私の畑の中に入っていくと、茅が踏みしだかれて、奥の方にさらにおびただしい数の人間が、これまたいくつかの黒山をつくって、騒然と何かをしている最中だった。
2、300人いるのではないか。黒山の傍らでは、タライにアクアやコーラ、バナナ、駄菓子などを並べて商売をしているご婦人までいる。私に何の断りもなく、これはいったい何なのだ。
いくつかの小さい黒山の中では、円陣になっている中央部分に何かカルタのようなものが並べられて、得体の知れない賭場が張られていた。

一番大きな黒山の中では、賑やかに闘鶏が行われている。自分の鶏を愛しそうに抱えて順番を待つのがいる背後で、今無惨に負けたばかりの鶏の脚と首を切り落として、羽をむしり始めたのがいる。辺り一帯、野次や掛け声と、飛び交う紙幣と、タバコの煙と、それに鳥の羽と血とで、むんむんたる空気になっていた。

トレッキングで通りかかった米国人のカップルが、道から茅越しに何事かと覗き込んで、傍らの一人に何か話しかけている。話しかけられた人が、私の方を指さして二言三言いうと、カップルは恐る恐る私の所へやってきて、「はいってもよろしいか」と尋ねてきた。きょろきょろと、黒山を伺いながら、目を白黒させている。
「もちろんOKである」
「何をしているのか」
「闘鶏である」
「何のためか」
「私にもよくはわからない」

そうこうしているうちに、私は少し飽きてきたので、近くを散歩しては戻り、散歩しては戻りして時間をつぶすことにした。
周囲のライステラスは、あいかわらずのどかなものだ。カモ達が群をつくって歩き回り、竹竿の先で鳥威しの風車がカタカタ回っている。この風景の中に、ある日珠玉のような建物が出現する前の一瞬を利用して、うたかたの地獄が出現している。
この騒ぎは、抑揚もなくおおかた4時頃まで続いた。終わったと思ったら、地獄の鬼どもはあっという間に姿を消して、後には嘘のようにいつもの静寂が戻った。

小鳥達がちゅんちゅんさえずる下に残ったのは、私とマデとその父親のバッパ3人だけで、敷地の北東の隅には、前日にバッパが竹でつくった仮のサンガ(敷地内のお社のようなもの)がひっそりとたたずんでいる。

神聖な儀式

やがて、マデの母親と妹、マデのおばさんの3人が、頭の上に山のようなお供え物を乗せて、ゆっくりとやってきた。一族の誰かの子供もくっついてきて、マデがつれてきた鶏の雛と遊んでいる。
少し遅れて、いつもの威厳のある歩き方でマンク氏がやってきた。正装である。サンガの正面に、少し距離を置いて座る。明らかにこの人が今日の祭司だ。祭司の座とサンガとの間に筵を敷いて、女3人が供物を並べている間、彼は目を閉じてずっと何かうなっていた。
儀式がいつ正式に始まったのかは定かでないが、マンク氏の左の土の上に大人6人が1列に並んで座り、やがてお香の煙がたなびき、マンク氏の読経の声が一段と大きくなり、その声に合唱したり、掌を合わせて頭上にかざしたりしているちに、だんだん辺りを厳かな空気が支配し始めた。マデだけが、不届きにも皆の目を盗んで、連れてきた鶏の雛の首筋を撫でてやったりしている。

お経が一区切りついて、マンク氏が、おばさんに目配せをした。彼女はマデの手から雛を受けとって、よいしょと供物の脇に進み出ると、庖丁でコツンとその首を落した。いきなり首を切り放された雛は、血を噴き出しながらバサバサとサンガの横まで駆けて、そこで横様に倒れ、倒れたまま飛ぼうとでもするように羽をばたつかせていたが、再び始まったマンク氏の読経の中で、やがて動かなくなった。こちらは、思わず背筋を伸ばしてしまう。その後、全員が聖水をかけてもらい、交替で土に鍬をいれて、それで終わり。

後で聞いた話によると、これはいけにえの血を土に染み込ませて、畑の神様に挨拶をしたのだそうだ。このウパチャラを経て、宅地への転用が三界に知らしめられたわけだ。彼の雛よ、安らかに眠れ。

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