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WiFi事情

そのむかし

アピアピを建てた20年前には、家に電話を引くのにどうすればよいか迷った。
最初はパラボラ・アンテナを立てろというような話もあって、そんな大げさなと思っていたら、ほどなく電話線が引けるようになったので、悩むこともなく固定電話を置いた。
これは、当時としてはかなり贅沢なことで、それまでの間は電話やファックスを使うのに、わざわざ車でなじみのホテルに行くか、街なかにある“WARTEL”と大書した電話ステーションに行くかしなくてはならなかったのである。

携帯電話が日本でも普及し始めていたのだが、そんな影はつゆとも見られなかった。
当たり前だ、電話線も満足にきていないところに携帯なんて・・・と思っていたのが大間違いで、実は電話線という重厚なインフラが不十分だからこそ、携帯電話の基地という軽いインフラが、その後またたく間に展開したのだった。そのおかげで、バリは固定電話を通り越して一足飛びにハンディフォンの世界になってしまった。

いまや、日本から持ってきた携帯が、どこにいてもそのまま使えるし、街なかの店に行くとノキアの携帯電話機をプリペイド式のSIMカードとあわせて30万ルピア以下で買うことができる。
まったく、あれよあれよという状態で、若者はそれにうまく乗ることができて、あちこちでスマホをいじったりしているのだが、マデの両親などはいまだに固定電話さえ使うところを見たことがない。

技術の進歩は、世代間の格差をひどく広げてしまう。

アピアピにて

だいぶん前からウブドゥにもインターネット・カフェが出現していたが、アピアピの近くで私的にネット接続しているのをはじめて見たのは、つい数年前のことである。
マデの管理している家に滞在していたアメリカ人が、庭に小さなパラボラを立てて、それにPCをつないでいた。おお、やるなあ、と思って見たが、こちらはバリに来てまでネットにつながらなくても、それほど不便とは思わなかったので、ひとつの風景として眺めただけであった。

その1年後か2年後、アピアピの庭先に座ってノートPCを開いていたら、そばを通りかかった別のアメリカ人が「パスワードは×××だよ」と耳打ちしてくれた。何のことかと思って見上げると、壁の上のほうに無線LANのルーターが取り付けてある。
アピアピが、ついに私設WiFiスポットになったのである。

その後、気をつけて見ていると、「WiFiフリー」と表示しているカフェやレストランがウブドゥの街中にどんどん増えていった。いずれも体感速度はかなり遅いものの、ちゃんとつながる。
これも、まったくあれよあれよという状態である。もう、ネット・カフェなどは影も形もない。

いまは、日本にいてマデやその子どもたちと自由にやりとりができるし、バリにいてメイル・チェックやこのサイトの更新ができてしまう。ああ、隔世の感とはこのことだ。
そうなったらそうなったで、バリにいてネットにつながらないと、大いに不便を感じるようになる。実は、わたしの部屋はアピアピのはじっこにあるので、ベッドの上にいると無線LANが届かない。これに、いらいらするようになってしまった。

調べてみると、2年前に近くにオープンしたビラ兼レストランの電波がわたしのベッドまで届いているではないか。夕食後、ノートPCを持ってそのレストランにコーヒーを飲みに出かけた。飲みながらPCを開いて「WiFiのキーは?」と聞けば、当然ながら「×××です」と教えてくれる。それを聞かせてもらえれば、もうこっちのものである。
いまは、その電波を使ってベッドの上で快適なネット生活を送らせてもらっている。

と、こんな報告を書くようになろうとは、アピアピを建てた頃には夢にも思わなかった。
現代文明のグローバル化は、ネットに限ったことではないが、こうまで環境が激変すると、いかにバリといえども地域の文化や生活態度、コミュニティの雰囲気までもが影響を受けざるをえない。

アピアピのオープニングの時には、ジョゲ・ブンブンの踊りを見ようと村中の人々が押しかけたものだが、マデに言わせると、いまはそんなことでは人は集まらないという。
あの頃のおおらかな楽しさを失わせるのに、インターネットやスマホは大いに貢献したに違いない。

はじめてバリを訪れた1980年代に、50年前に書かれたコリン・マックフィーなどのバリ紀行と様子がほとんど変わっていないことに驚いた。「バリはしぶとい」というのが、わたしの第一印象である。
その後の30年間の変化には、まことに凄まじいものがある。その間、あまりしぶとくなかった点も多々あり、多くのものが失われるのを目撃してきた。
願わくば、若者たちがスマホに呆けようとも、ネットに釘付けになろうとも、そうやって先進諸国の堕落に染まろうとも、バンジャールの生活への誇りを失わないことを。

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