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キンタマーニのバイク娘

バツブラン村からアユン川沿いにパヤンガン町の方向にまっすぐ上っていく尾根道がある。この道路はかつては、どこにでもある狭くて心許ない田舎道であった。ある日突然、まがりなりにも2車線に広がり、完璧に舗装されて、転落防止のガードポールまでついた立派な道に変身した。

これは、奇しくも沿線の高級リゾート、アマンダリホテルが開業した時期に重なった。そのホテルにスハルトの息がかかっているので、政府の圧力で急遽道路改良が行われたのだ、という噂がまことしやかにささやかれた。真偽のほどは知らないが、地元の連中がすっかりそう信じていたというのは事実である。
アピアピからデンパサールの市街地方面に行くには、この道が一番便利なのでよく通る。

ある日、マデの運転でここを走っていたら、道の右肩のガードポールの間の草むらにだれかがへたり込んで座っていた。その向こうのアスファルトの上に、あざやかなスリップ痕が短く曲線を描いて、脇の田圃に落ちている。すれちがいざまにちらっと伺ったら、若い女の子だった。

「おい、助けてやろう」
「それがいい、それがいい」

車を止めて走り寄ってみると、顔を腕に埋めて、うずくまったまましくしく泣いていた。

「大丈夫か」

と手を取ったら、よろよろと立ち上がる。
斜めになってはずれかかったヘルメットの下にのぞく顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていたが、かわいいながらもなかなかきりっとした顔立ちの美少女であった。
黒いジャンパーからはみ出した手の甲を擦りむいて、そこに血が少しにじんでいる。何事かはまだよくわからないが、この程度で済んでまあよかったと道端を覗き込むと、高低差が2mはあろうかという田圃の畦に、単車が転落して腹を見せていた。その横に、衝撃で倒されたガードポールが一本、コンクリートの基礎ごと落ちている。さらに落下点と思しき路上には、サンダルが散らばっていた。
デンパサールで買い物をして、キンタマーニ近くの村まで帰る途中だという。

そこへ、かなり先の方に停車していた車から一組の男女が降りてやってきた。男は糊のきいたワイシャツ姿。女は白いパンタロンに白いレースのシャツ。
いずれも30代後半か。どうも、彼らの車が少し不注意をしたために、あおりを食った彼女の単車がスリップして横様に路上を滑り、田圃に落っこちたらしい。

さて、中年の典型的な自家用車階級対、汗くさいジャンパーに身を包んだ田舎の美少女の対決である。

そのうち集まってきた若い連中3、4人と一緒に単車を持ち上げるのを手伝いながら、ちらちらと様子を窺うと、圧倒的に勝っているのは美少女の方だ。
おろおろしているワイシャツと、それに比べればいくぶんシャンとして丸い目を一所懸命開いて威嚇しながら反論しているパンタロンとを、交互にきっと睨みつけながら、胸を反らし、指を突きつけて彼らの非を大声でののしっている。

口角泡を飛ばすその堂々たる抗議ぶりに、周りを取り囲んでいた数名の野次馬たちも、これなら大丈夫と安心して、あるいはその剣幕に恐れをなして、単車救出を手伝いに来た。
おかげで、あっという間に路上に戻った単車を見ると、泥よけとナンバープレートがひん曲がり、足をかけるステップも後ろにぐにゃっと折れていた。
でもこの程度なら村のバイク屋がうまく直してくれるだろう、補償交渉は彼女のペースで見事に進むだろう、などと思いながら再び彼女を見ると、自分の愛車とそれを救い上げた騎士たちのことを一瞥だにせず、まだ2人とやりあっていた。

その凛々しくも神々しい姿を拝んで、泣きながら3日間単車で走り通したというあのフィットリーちゃんのことを思い出した。やっぱり、バリの女性はすごい!

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