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マデの恋人

1993年7月アピアピの着工直前の頃のこと。ある日の夕刻ホテルを出て、暇つぶしにマデの家に寄ることにした。ちょうど息子トリスタンの3か月のお祭りをやっているということだったので、どんな様子なのか興味もあった。10時に戻ると言って出掛ける。

残念ながらお祭りはもう終わっていたが、大勢の人が出入りした名残が残っていて、まだ何となく華やいだ雰囲気があった。例によって、子供達がたくさんはしゃぎまわっていて、賑やかな家だ。マデは?というと、彼のお母さんが、疲れて寝ている、とジェスチャーして笑う。テラスに座ってバリコピーをいただいていたら、程なく本人が目を擦りながら出てきた。

「今夜何かプログラムがありますか?」
「何もない」
「じゃあデンパサールへ行きましょう」

という展開になった。

「何しに?」
「遊びに」
「どこへ?」
「女の子がたくさんいて楽しい所へ」

マデは他のバリ人に比べると大人しい方だが、ちょっとハンサムなのでもてるらしい。他の機会に本人から聞いたところでは、日本人の恋人が10人いるという話しだ。しかも、2月に結婚したばかりで生まれた子供は既に3カ月、という人物である。私は彼を信用して、往復1時間半の夜道を厭わずに、ハンドルを握った。

そこを右、そこを左、といわれるままに着いた所は、デンパサールの中心部近くの豪華なスーパーマーケットである。3階建ての大きな建物で、私も昼間何度か買い物に寄ったことがある。バリ島の中ではもっともおしゃれな都市空間。ふたりは玄関前の階段に並んで腰掛けてタバコを吸いながら、賑やかに出入りする客を眺めていた。
しばらくして、しびれを切らした私は尋ねる。

「これから、どこへ行くのか」

彼は応える。

「ここ、楽しくないか?」

この後、彼と私との間で、次のような極めて論理明解な応酬があった。

「買物の女の子がたくさんいるでしょ?」
「うん」
「いろんな品物があるから、中を歩くと楽しいよ」
「そうだろうね。しかし、もっと楽しい所はないの?」
「どんな?」
「・・・」

相手は何しろ新婚で1児の父で10人もの・・・。この、どこがいったい楽しいのだ、と声を荒げたかったが、私はぐっと抑えて、静かに紫煙をくゆらせた。これを文化的摩擦というのだろうか。それとも、彼我の個人的品格の差なのか。ホテルに戻ったのは、正確に10時であった。

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