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ムヌットゥ氏

実業家で画家で建築家のムヌットゥ氏

ムヌットゥ氏は、我がペネスタナン村の出身で、ホテルといくつかのギャラリーを経営する立志伝中の人物である。ホテルは、バリ島屈指の景勝地であるアユン川渓谷を見下ろす35の部屋とふたつのプールをもち、従業員数160名。
このあたりには、クプクプ・バロンやアマンダリ、フォーシーズンなど、高級ホテルが立ち並ぶようになったが、彼のホテルはその中でも老舗で、その分いくぶん古ぼけてきたが、それでも外国人専用の高級ホテルであることに変わりはない。オーナーである彼は裸足ながら威厳をもってホテルの中をウロウロしている。年齢は50台後半。

彼はまた、高名な絵描きでもある。ビーチのさる高級リゾートホテルのロビーの天井画は彼が描いたもので、その報酬は4億ルピアだったという話を聞いたが、本当かどうかはわからない。

彼は建築の設計がとても上手とのこと。上手かどうかは判断がわかれると思うが、それが道楽であることは事実である。ホテルはいつ来ても工事中で、併設のギャラリーを作っていたり、事務所の内装を替えていたり、いつできるとも知れないゲストルームやレストランの工事をしていたり(これは、わたしの知る限りずっと工事中である。聞くところでは、法律違反があって中止命令だか解体命令だかが出ているのだそうな)している。
今は、ホテルの入り口に石積みのゲートを新しく作り始めている。これらの現場には、オーナーの氏自らがついて、あれこれ細かい指示を下していた。

ムヌットゥ氏の奥さん

彼には奥さんが4人いる。1番目の奥さんは、ウブドゥのギャラリーに住んでいる。2番目は例のワヤンのお母さんだが、すでに亡くなっていた。
3番目の奥さんは、10数年前に交通事故で亡くなった。その数日後に、ここで落ちたんだ、という話を空港からウブドゥへ行く途中でマデから聞かされた。サヌールを少し過ぎた辺りの橋の上で、左の高欄が破れていた。彼女の乗っていた車がここを破って、何10mか下の谷底にまっさかさまに落ちたのだそうだ。
彼女は、アピアピからすぐのところにある墓地に一旦埋葬され、しばらくして盛大にお葬式が挙行されたらしい。わたしが弔問したときには、まだその墓地で新しい花束に囲まれた下に眠っておられた。

4番目のチャンドリさんはいつもホテルにいたのでよくお目にかかったが、若くて、近所でも誉れ高い美人である。彼女は3番目の奥さんの連れ子だった人で、ムヌットゥ氏からみると妻と同時に娘ということにもなる。小さい時からかわいがって育てたので、人にやるのがもったいなくて奥さんにした、という話を聞いた。
彼女のさらに若い頃の(おそらく、画家ムヌットゥ氏の手になる)油絵の肖像画が、フロントロビーの2階の薄暗い小部屋に何枚もかかっているのを見たことがある。

チャンドリさんは、数年前に病気で亡くなった。美人薄命である。
この間、ホテルに立ち寄ってみたら、フロントのスタッフがにやにやしながらこっちを眺めていた。なんだ、と思っていたら、脇からチャンドリさんが現れたので、びっくり仰天、目を疑った。そう思ったのは、実は彼女の娘さんだったのである。赤ちゃんの頃から見ていなかったので、こんなになっているとは・・・

「ね、そっくりでしょ、びっくりしたでしょ」

と、にやにやしていたのだ。もう16歳になるというが、その上品な色気にクラクラするようだった。彼女の父であり祖父でもあるムヌットゥ氏も、さぞかし張り合いのあることであろう。

彼はお金持ちなので、村で隠然たる世俗的権威をもっている。新しく作る道のロケーションに、彼がなかなか首を縦に振らないので、半年間作業が棚晒しになったことがある。私もその被害者のひとりだ。

建築家ムヌットゥ氏のアドバイス

ある日ホテルにいたら、ムヌットゥ氏が手招きして、どうだ、進んでいるか、設計図を見せろという。見せると、おお、なかなかよい家だ、といいながら、次のような忠告をしてくれた。

・人夫は、ペネスタナンから半分、残りは他の地区から。そうすれば競うから。
・電気は引いた方がよい。自家発電はうるさいと思う。
・本当は設計監理と施工とを別々に発注すればよかった。そうすればもっと安くあがったのではないか。
・今度やる時は、まず私に相談するように。土地も40aほど売れるのがあるから。

付け加えて、こう約束してくれた。

「私は建築のオーソリティであるから、ラーマは私に会うと恥ずかしがるだろう。でも、今度現場に行っていろいろと教えてあげよう」

ラーマは私の建設マネージャーである。その後私のいない時に、約束どおり現場に2度足を運んでくれたそうだ。
その時同席したマデが、氏の批評をとりまぜて、告げ口をしてくれた。マデにとって私はボスであるが、ラーマ一派はボスの友人というよりも、敵にあたるようだ。それによると・・・

ムヌットゥ氏はまず、ラーマの使ったコンクリートブロックや椰子の木などの材料が家の値段に見合ったランクのものでないことをこと細かく列挙し、次に垂木の間隔の不揃いなど施工の悪さを指摘したそうだ。
なるほど、そういわれてみれば、あながち中傷ともいえない。しかし、今更やり直しは効かない。
母屋の茅は葺き終わっているし、コンクリートブロックを積むべき部分は、塀を含めてもうほとんど積み上がっている。大部分は、モルタルの下塗りまで終わっている。
いわば難癖である。

その後、ムヌットゥ氏に会った。彼の感想は次のとおりである。

「うん、あれでOKだ。すばらしい家になっている。オープニングには是非参加したい」

彼にとっては、わたしも敵であるらしい。

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