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隣村のニョマン

隣村カティック・ランタンのアナック・アグン氏は、私がはじめて彼の家を訪れた時に、同じ村の住人であるニョマンについて忠告してくれた。

「ニョマンは悪い奴だ。田圃のまん中の一軒家に陣取っていて、通る観光客にニコニコ声をかけて引っ張り込む。無理に飲物を飲ませる。本人は絵のことはわからないのに、4千ルピアで仕入れた絵を1万ルピアで売る。買わない客には飲物代をせびりとる。あいつには気をつけた方がよい」

実は私も何年か前に彼のアジトに引き込まれて、飲物代をせびられた経験者だ。その時に、書け書けというから、ノートに適当なことを書いたら、以後通りがかりの日本人をつかまえては、それを見せて自分の友達だと信用させるらしい。信用させて、絵や飲み物の押し売りをしているようだ。悪党かどうかは知らないが、困った人である。

初対面の日本人観光客に「あなたがニョマンのノートの人か」と言われることがある。それ以上は聞かされないが、何となく申し訳ない気分である。

そのニョマンの一軒家が火事にあって半焼した。それで、私に頼み込んできた。

「20万ルピア貸してほしい、家の修理が途中で止まっている、完成させたい」

あの家がなければ彼の被害にあう人もいなくなるわけだし、「貸せ」というのは「ちょうだい」というのと同義だろうと思うと、あまり気が進まなかったのだが、その場の情にほだされて、貸すことにした。
すると意外にも2日後、タイプ打ちの証文のようなものを持ってきた。なかなか律儀だ。それほど悪い男ではない。

その後、彼の家の完成度はほんの少しだけ向上した。証文に明記してあった返済期限に、半分の10万ルピアをアピアピへ届けに来たらしい。残りは豚が売れてから、ということのようだった。もう2年以上がたつ。しかしまだ、豚は一向に売れていないらしい。

隣村に続く道は草ぼうぼう、凸凹だらけの農道であったが、その舗装工事が行われた。見ていると、サンゴの真っ白い石をトラックが運んできて、どぼどぼ落としていく。それを、ツルハシを持った人々が待ち構えていて、叩いてならす。考えてみると、セメントを現場生産しているわけで、なかなか合理的なやりかただ。中に、棒切れを持ったニョマンが参加していた。

その脇をバイクで走っていたら、突然ガス欠になった。炎天下で困っていると、彼が見つけてくれた。事情がわかると「待っててね」というなり、ズボンの裾をまくって、一目散に向こうへ駆け出した。サンゴの上を素足で。
しばらくして、ふうふう言いながら帰ってきた手には、ビニール袋が握られている。袋には、1リットルほどのガソリンが入っていた。ガソリンスタンドまで、5百メートルはあったと思う。あの時の走っていくニョマンの頼もしい後ろ姿は忘れられない。

残りの10万ルピアの件については、お互いに不問に附したままである。

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