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泥棒

夜中に、家のすぐ近くでちょっとした「大蛇」が出現した。別に人を飲み込んで火を吐いていたわけではない。水路の中でおとなしくとぐろを巻いていただけなのだが、こんな大きな蛇ははじめてらしくて、村中が上を下への大騒ぎになった。

これは不吉だと思っていたら、騒ぎも収まった未明に、案の定、今度は家に泥棒が押し入った。
寝静まった頃を見計らって、ゲストルームのガラスのルーバーを一枚一枚丁寧に取り外して侵入し、枕元に置いてあった貴重品袋を持ち去ったのである。

別の部屋に寝ていた私は、どういう巡り合わせか、寝付けずに起き出して、逃げようとする賊と鉢合わせをしてしまった。心臓が飛び出る思いだったが、向こうはもっとだったろう。真っ黒い人影が、石つぶてを2、3個私に投げつけたかと思うと、塀を飛び越えて転げるように裏手の森の中に消えた。

けたたましい私の呼び声に反応して、マデとトノが鉄パイプを振りかざして走り出してきた。その恰好で一応辺りを走り回ってはいたが、当然ながらもう曲者の影も形もない。サンダルが一足残されていた。
そのうち、ゲストルームの客人である知人の老夫婦が「何かあったのか」と起き出してきて、自分たちの不運に気付き、ますます騒ぎが大きくなった。

バリの朝は、漆黒の夜からいきなり、雲雀が駈け上るように明ける。明るくなってから、お巡りさんが何人もやってきて現場検証と事情聴取がはじまった。やがて、途中でどこかへ用足しに出掛けたそのうちのひとりが帰ってきて、私にこう告げる。

「犯人はジャワ人。ふたりである。ふたりとも北東の方角にいる」

知っているのなら早く捕まえて欲しいものだ。しかし、なぜわかったのだろう。彼の答えは

「今、お坊さんに占ってもらってきたのだから、間違いない」

悪いことは何でもジャワ人のせいにするのは、バリ人の悪い癖である。無防備は罪作りだと反省して、後日白い番犬を一匹飼い、壁に赤外線センサーを取り付けた。
それ以来、犯人のことが妙に気になる。日の出前の暗闇の中を、やつらは走って逃げた。バリ人だかジャワ人だか知らないが、大蛇も潜む真っ暗な熱帯の森の中を、裸足で駆け抜けていく若い男。しなやかな、鹿のようなその姿を想像して、そのイメージが頭から離れない。

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