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地震

渓谷の斜面に建つホテルで、日本人の友人数人と食事をしていた。増築して以前より広くなったレストランは、3~40人着席できる客室が3つと、テラス、それらの中程にフロントとレジを構えた、堂々たるものだ。常時15、6人程のウェイター及びウェイトレスが各室にちらばって客の注文を待っている。何を頼んでもニコニコと親切に対応してくれる。

眺望といい、空気のすがすがしさといい、彼らの接客態度といい、満点に近いレストランである。
昼食時から少しずれた午後ということもあって、客は我々以外にいなかった。静かで、のんびりした一時。はるか眼下のアユン川のせせらぎが微かに聞こえ、遠くで鶏の声がしていた。

「ここの朝御飯は格別にうまい」

などと解説していたら、ひとりが

「誰が揺すっているの?」

と最初に気がついた。

「やあ、これは地震ではないか」

震度でいえば1か2か。振幅はややあるものの、相当ゆっくりした揺れで

「珍しいね」
「まだ揺れてるね」
「これは長いぞ」

などと食事と談笑の合間に感想をいいあっている間、ずっと揺れ続けていた。
やっとおさまったかな、という頃に爪楊枝がほしくなって、後ろを向いたら誰もいない。フロントの方にも人影がない。しようがないので、歩きながら「お~い」と呼んだら、入口の方でざわざわ、という気配がした。
見るとそこに、従業員全員が集合して、こちらを眺めていつもどおりニコニコしている。客をほったらかしにして、集会でもしていたのか。

爪楊枝をもらって席に戻り、歯をつつき、タバコをくわえて火をつけながら、上目遣いに入口の方を確かめたら、彼らが戻ってきて、元の部署につくのが見えた。
そこで、はっと気がついた。あいつらは、客に一声も掛けないで、自分たちだけ勝手に避難していたのだ。
インドネシアの航空会社の飛行機が福岡でオーバーラン事故を起こした時のことを思い出す。あの時はスチュワーデスが真っ先に逃げたというので、マスコミの非難を浴びたものだ。
しかし、彼らはきっとこういうだろう。

「自分が危ないと思ったら逃げればよいのに」

危機管理はそれぞれの責任でやるべきだ、という態度は正しい、という結論に達して我々は再び別の話題に移った。

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