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上海浦東国際空港

ライターが欲しい

「ライターは持ち込めません。内緒で持ち込んでも、上海で没収されますよ」
というので、広島空港の手荷物検査のスキャナの前でしぶしぶ放棄した。

上海に着いて、乗り換えの待ち時間が6時間近くある。中途半端な時間であるし、前回は大急ぎで豫園の周辺を観光してきたし、浦東は地図と写真だけ見ていればよいし、ということで、今回は空港ビルの中で時間をつぶすことにした。

とはいえ、ひとところでつぶすには、6時間はちょっと長い。
とりあえず一服して考えてみたいところだが、あいにく火がない。

バス乗降場にて

火をもらおうと、喫煙所をうろうろと探したあげく、1階の外のバス乗降場で煙草を吸っている人を何人か発見した。
近づいていくと、すぐそばに「全家(FamilyMart)」と掲げた緑と青の看板。やった! ここでライターを買えばよい。しかし、食事やカフェをすべてクレジットカードで通し、両替をしていないので、買えるかどうか。

「クレジットカード使えますか?」「OK」
やった! ところが、どこを探してもライターがない。
「ライターありませんか?」
全面禁煙の空港ビル内のお店にそんなものは置いていません、と睨まれた。しかし、そこに煙草吸っている人々がいるではないか。

これは、なかなか込み入った事情である。そこで、どうやればここで煙草を吸えるか、というテーマに挑戦して残りの暇をつぶすことにした。
ただし、火をもらってはいけない、というルールである。

全家にて

まず考えられるのは、両替をして多少の元を入手し、ここから地下鉄に乗って何駅か先まで行き、街中のお店でライターを買って帰ってくることである。

そのつもりで、空港ビルから連絡通路を通って隣の鉄道駅のビルに移動した。
そこで見つけたのが、さっきよりちょっと大きめの「全家」である。だめもとではいってみると、レジカウンターの下にちゃんとライターが並べてある。やった!

「これください。このクレジットカードで」「クレジットカードは使えません」
冷たい返事である。
あとで確かめてみると、空港ビルとこの鉄道駅ビルにはあわせて4店舗の「全家」がある。そのうち、Aにはライターがあるがカードが使えない。B、C、Dではカードが使えるがライターを置いていない。同じ「全家」でも、ちゃんと多様性がある。

両替窓口にて

そうすると、次の手はやはり両替して地下鉄に乗るか、A店に行くかしかない。

とりあえず、ビル内の両替窓口に行って1000円札を出した。
すると、係員が上目がちに、それでは不足であるという。
なにが? よく聞いてみると、1000円が48元とかで、手数料が50元で、差引き2元支払わないと両替できない、ということらしい。
そこで仮にわたしが2元持っていたとして、それを支払うとめでたく両替が成立するわけである。ただし、手元には何も残らない! 
すると、ライターはやはり買えないではないか。

空港ビルでたかが6時間過ごすために、1万円も両替する気にはならない。

カフェにて

ゆっくり作戦を練り直そうと、着いて早々にコーヒーを飲んだカフェに再び戻った。ここはカードが使えるのである。

しかし先払いの注文をするときに、ふとひらめいた。「日本円しかないのだが、1000円札は使えますか?」「おつりは元になりますが、使えます」やったあ!である。

コーヒー代は39元(高い!)。
しばらく待つと、ウェイターがおつりを持ってきた。なぜか、8元。
まあ、よいか。問題は、さっきのA店でライターが8元以下で買えるかどうかである。8元以上だと、もう一度高いコーヒーを飲まねばならない。

ふたたび全家A店にて

はたして、ライターは2元(安い!)であった。

ふたたびバス乗降場にて

ステンレス製の灰皿が据え付けられた周りで、2~3人の旅行者が煙草を吸っていた。車道との間に置かれたコンクリートの遮断壁に腰掛けて、静かな達成感とともにわたしも煙草に火をつけた。

目の前には、大き目のディジタル看板があって、象牙取引禁止のWildAidの広告と、国家会展中心と国際・世博展覧館で一月前の9月12日に閉幕した国際家具博のPRとが交互に映し出されていた。

いずれも、その洗練された広告デザインと、情報掲出の無駄さ加減とのアンバランスが、この国の混乱を象徴しているようであった。
そういえば、あの両替の理不尽さと、巨大な駅ビルの近代的なたたずまいとの取り合わせも、すごいといえばすごい。

ところで、こうして手に入れたライターも、乗り換えの手荷物検査で放棄させられることになる。違反すると厳罰が処せられる云々の張り紙の下に置かれたライター放棄箱の中に、けっこう清々しい気持ちで、えいやっと放り込んで上海を後にした。

上海には

これまで上海には5回か6回来たと思う。
最初に訪れたのは30年近く前で、まだ浦東新区の設置が批准される前のことであった。外灘(バンド)の黄浦江に面した古い格式のあるホテルに泊まって、英国租界の名残と中国人民の適度な喧騒とにわくわくしながら数日を過ごした記憶がある。

それからの上海の変わりようはすさまじい。
何度か行くうちに、その都度爆増していく喧騒のせいもあって、わたしはすっかり上海に興味を失った。
前回は豫園を早々に引き上げて空港に戻ってきたら、iPhonを売りつけようとするおじさんがいかがわしい動画を手で隠し隠し見せ付けながら、しつこくまとわりついてくるので閉口した。

遠く離れてめったに来ることのない地をせっかく踏みながら、くだらない暇つぶしに興じていっこうに罪悪感をもたなくてすんでいるのは、そのためである。

しかし、異国の地。当然ながらわたしが知らないだけで、好奇心を駆り立て、カルチャーショックを与えてくれるところが、上海にもまだまだたくさんあるに違いない。
次に来るときには、ちゃんと準備をしてもう少し有意義な過ごし方をしたいものだ、とバスの排煙のなかで煙をくゆらせながら、ちらっとではあるが考えた。

復路のトランジット

ブツブツついでに、帰りに味わった不愉快な体験を記す。

復路のトランスファは2時間であった。さて、これも中途半端な時間だと思っていたら、とんでもない。
実に、トランスファ・カウンタに1時間も並ばされたのである。

長蛇の列ができているというのに、たくさん用意されている窓口のうちひとつしか開いていない。しかも、そのひとつの窓口に係員4人が集っている。ひとりが座って客に対応し、残りの3人はその後ろで覗き込みながらああだ、こうだと言っている。みんな偉そうな顔をしているので、どの人がリーダーなのかはわからない。
4人とも、どのくらいの人数が並んで待っているのか、いっこう気にかける様子もなく、単に何かを記録して搭乗券にハンコを押すためだけに、ゆっくりゆっくり慎重に事務を進める。

これなら、一度出国して再入国するほうが、よほど早いのではないかとイライラしながらも辛抱強く並んで、やっとハンコをもらい、「トランスファ→」という標識にしたがって右に折れ左に折れしていくと、手荷物検査の部屋に到着した。
さっきまであれだけ大勢の人の中にいたのに、もう前後に人はいない。当然である。私の前の人は数分前に出ているし、次の人は数分たたないとここへ来られない。

手荷物検査。ポケットのボールペンも出せ、ベルトもはずせ、とあごでしゃくって目で指図される。無礼である。中国語でもなんでもよいから、せめて声くらいはかけてほしい。

スキャナを通してベルトをつけ直して、いよいよ搭乗ゲートへ歩きはじめると、向こうからスタスタやってきた女性スタッフが、すれ違いざまにいきなりわたしのシャツの胸ポケットからパスポートを抜き取って、パラパラしてから再びポケットに戻して、何事もなかったかのように歩き去った。
わたしは、あっけに取られて呆然と立ったまま。この間彼女はわたしに声をかけることはおろか、目を見ることもなかったのである。想像を絶する無礼さである。

あとで、総括的に思い起こすと、あのカウンタに並んだときから搭乗するまでずっと、人間としては扱われなかったような気がする。
サーカスの猛獣使いがムチをふるって何頭もの虎をおとなしく並ばせて檻に入れている、といったそんな感じであった。

おかげで、イライラムカムカしながらも、とりあえず待ち時間の半分をつぶすことができたので、残りの1時間をつぶすのに何の苦労もなかった。ひょっとすると、あのカウンタの怠慢ぶりは、そのための親心だったのかもしれない。

ともかく、これで往路のアイデアは考え直して、用でもない限りまた上海に来るのは絶対やめよう、と決めた。

搭乗した中国東方航空の機内TVには、「世界品位東方魅力 “World-class hospitality with Eastern charm”と繰り返し表示されていた。広告の言辞とは、かくも虚しいものである。

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