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チョコルダ氏のお葬式

ウブドゥの王族のチョコルダ氏(87歳)が亡くなった。元のギヤニャール県知事の家系ということである。盛大なお葬式が12月28日に行われるというので、何日も前から皆そわそわと噂をしていた。

こんな大きなお葬式は30年ぶりのことである、山車には300人の担ぎ手がつく、チョコルダ家はこのお葬式に8億ルピアをかけるそうだ、などなど。そわそわというより、わくわくしているのである。
3日前にプレ・イベントがあった。1キロほど離れた隣村のお寺まで、竜の山車(ナーガ)を取りに行くだけのパレードなのだが、千人弱の行列が4隊の楽団を引き連れて、往復に2時間あまりかけた。これに数千人の観客がぞろぞろついていく。

これがプレ・イベントだから、28日の本番は大変な騒ぎであった。観客は数万人に膨れ上がり、沿道のテラスも塀も屋根も道路も人だらけである。
遺体を納めたメインの山車(バデ)は高さが10メートルあまり。何百人もがこのバデとナーガと牛(ルンブー)とを担ぎ、観客と混然となって火葬場まで練り歩く。

立派な消防自動車が2台、行列に付き合う。ただし、これは散水によって担ぎ手の体のほてりを冷ますのにあわせて、水しぶきで景気をつけるのが役目のようだ。見ていると、沿道の観客にまで放水するものだから、不意打ちをくらった群衆がきゃあきゃあ逃げまどっている。それをまた面白がって、車の上の連中が何人も放水銃に群がって、やたらそれを振り回している。

火葬場はお寺の前の広場である。目抜き通りから広場に入る曲がり角のところで、消防自動車は役目を終了し隊列を離れる。やがて広場に3台の山車が勢揃いし、遺体がバデから降ろされてルンブーのお腹の中に移される。そこでたっぷり時間をかけて豪華な布類とか飾りものとか、数々の副葬品をルンブーの体内に納めて、火葬の最後の準備が行われる。

そのうち、唐突に一斉に火が投じられた。木と竹と紙と布でできた3台の山車は、またたく間に燃え上がる。その頃にはすでに狭い広場は数千人の観客で埋め尽くされていたので、火の粉を払いながら驚いて右往左往する彼らの歓声が、さらに気勢を盛り上げることとなった。

あっという間に燃え尽きて、真っ黒になったルンブーの胴体の下に、針金でぶら下がった黒こげの遺体が見えた。何人もが台に上がってその焼け具合を調べながら薪をくべ直したりしている。戻ってきた観客の中には、不埒にもルンブーの下に潜り込んで、至近距離からカメラを構えているのがいる。
この、青空の下で大変な喧噪に囲まれながらぶすぶすとくすぶる遺体を見ていると、こういうのもいいな、と思ってしまう。
湿っぽさも暗さもなく、数千人の賑やかな煩悩に見守られるなか、チョコルダ氏自身は紅蓮の炎に包まれながら、静かに煙となって立ち昇っていったのである。

そうこうしているうちに、隣のお寺の棕櫚葺きの屋根が何カ所かでちろちろと炎を上げ始めた。さっきの火の粉が風で飛火したのである。
これは大変なことになった。血相を変えた若い衆がてんでに火消し道具を持って走り回っている。それが、思いもしなかったことだけに、火消し道具といってもミネラルウォーターのペットボトルを詰め込んだ箱だったり、箒だったり、竹の梯子だったり、はたまたバナナの葉っぱだったりで、あまり役立ちそうにない。みんなでペットボトルの蓋をちぎっては投げつけるのだが、ちっとも命中せず、火はどんどん広がっていく。

役立ったのは梯子だった。ひとりがやっとのことで屋根によじ登り、脱いだTシャツを滅茶苦茶にたたきつけて、ようやく火の勢いが鎮まった。Tシャツとバナナの葉っぱと、下から放り投げたペットボトルの水とで、まだぶすぶすいっている火にとどめを刺して、やんやの喝采の中を英雄が下りてくると、替わりに他の連中が何人かだめ押しのために屋根に登っていった。
それにしても、さっきの立派な消防自動車はいったいどこへ消えてしまったのか。
煙になったチョコルダ氏が、昇天しながら下界の騒ぎをちらと眺めおろして、

「ばかめ」

と独りごちている様を思い浮かべた。

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