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ジャンゲル・ダンスに行ってみた

カフェ・ロータス

夕方、ウタリに借りたバイクでウブドゥへ。
  

カフェ・ロータスの前を通る。

ここは、20数年前にはじめてウブドゥに来たとき、ひとりでご飯を食べたカフェである。
「since1983」と看板に記してあるので、オープンして間もない頃だったのだ。あの頃は、まともなカフェはここしかなかったような記憶がある。カフェの入り口は、やたら角ばったフォルクスワーゲンとスズキのジムニーだらけだったことを思い出した(右は、最近みかけた古いvwの参考写真)。

なつかしいなと思って速度をゆるめると、ビラを持った男性が「踊りはどうですか」と声をかけてきた。
ジャンゲル・ダンスという耳慣れないジャンルのダンスのビラ。「アルジュナ・タパ物語」と書いてある。

「何時から?」「7時半から」
「その時に買う」「お客さんがいっぱいなので、今でないと買えないかもしれない」

嘘を言え、と思ったがジャンゲル・ダンスというのにそそられたので、買った。
買い物をしたあと、そこらあたりのワルンでゆっくり食事をしてから、カフェ・ロータスにもどる。

踊りが演じられるのは、カフェの奥にあるロータス・ポンドの向こう側のお寺の前である。カフェを通り抜けていく。

カフェで時間つぶしをしてから定刻の10分前に行くと、門の前に赤い毛氈を敷いてステージの用意が終わり、左右に立てた明かりにおびただしい数の大きな羽蟻が乱舞していた。観客はわたしひとり。

黒い服を着た係りの人が、その羽蟻を一匹ずつ素手で捕まえては左手に持ったペットボトルに入れている。すぐに一杯になるのだが、乱舞の数はいっこうに減らない。あたりまえだ。
定刻の3分前に、ぞろぞろと人がやってきた。米国人とおぼしきカップルとおなじく3人の家族、それに欧州系のカップルが2組とインド人女性2人、さらに国籍不明の老紳士とアジア系女性のカップル、総勢で14名。と数えおわってステージの方を見たら、おどろくべきことに、羽蟻はほとんどいなくなっていた。すごい! 羽蟻係りおそるべし。

定刻を7分すぎたところで、楽団員が登場。全部で10名。太鼓が2名、笛が2名、鐘1名、鉄琴4名、銅鑼1名、さらにもうひとつ小型の銅鑼があって、これは鉄琴の1名が兼務。やけに規模の小さなガムランだ。ちょっと心配になったが、公演の質は案の定であった。

ジャンゲル・ダンス

楽団が席につくと、あいさつもなく突然演奏がはじまる。6分後に暗転してさらに3分間、真っ暗ななかでガムランが響いたあと、また点灯すると、ステージの上に9名の踊り子が立っていた。女性が5名、女装の男性が4名という構成である。

この9名は、ずっとステージの上に出ずっぱりで、歌ったり踊ったりして、言ってみれば物語の進行役のようなことをしていた。ただ、踊りも歌もだらだらしていてバリ・ダンス特有の「切れ」のよさがない。とくに、女装の男性のうちのひとりは、ひょっとしたら急遽代役で出たのではないかと思わせるような有様で、ほかの3人と全然あっていなかった。となりをちらちら伺いながら覚束なく手足を動かしているのだ。これではいけない。

さらにいえば、女装の男性という趣向はよく見るけれども、個人的には好みではない。よほどの美形ならいざしらず、そこらへんにいるような男が女装して腰をくねらせているのを見るのは気持ちが悪い。
以前、老舗として有名なティルタ・サリ楽団の公演で、男装の麗人の役を男が演じるという、きわめて屈折した演目を見たことがある。その艶かしい物腰は、さすがと思わせるものであったが、やはり気色のよいものではなかった。

ステージの上の9名がだるく歌ったり踊ったりしている中に、やがてアルジュナ王子の従者と思われる道化がでてきて、口上を述べると、さていよいよ王子本人が登場。ふたりがなんだかんだと掛け合いを行ったのち、王子が座りこんで目を閉じて印を結ぶ。どうもメジテーションにはいったようだ。

そこへ、今度はランダが吼えながら登場。周りを怖がらせたあげく、目覚めた王子にあっけなく退治されて退場。すると、なにやら戦士のようなのがひとり出てきて、王子と一戦を交わしたと思うと、これもあっという間に退場。入れ替わりに、こんどはもっと怖そうなバロンが出てきて、王子と対決するのかと思ったら、王子に弓を与えてこれもすぐ退場。王子と従者も退場。残った9名が立ち上がってひとしきり踊って、おわり。
時計を見ると、1時間43分の公演であった。

口上の意味はまったくわからないけれども、たしかに、これまで見たことのないような筋書きのダンスではあった。

ちなみに、こういうダンスの口上は、古いバリ語のようで、地元の人たちにも理解できないのだそうだ。ただし、本当かどうかは少しあやしい。ワヤン・クリッ(影絵芝居)の朗々とした口上も、マデに言わせると「全然わからない」というのだが、それを聞きながら村の子供たちが笑ったりしているのを見ると、本当は通じているのかもしれない。

これまで見たことのないダンスではあったが、あまりぱっとした印象はもてなかった。

ウブドゥで売っている木彫のみやげ物が、来るたびに流行が違っていて、どんどん移ろいでいくのがさびしい。昔、スカワティの市場で買った小さなバロンの彫り物は、ものすごく繊細な彫りであった。移ろいでいくのはしようがないにしても、そのたびに手抜きになっていくような気もする。いま、あのバロンのような気のはいった木彫は、なかなか店頭に並んでいない。

踊りも、似たような変化をしている。おそらく、伝統に磨きをかける前に、ほかと違った趣向をいれて観光客に受けようとする動きもあるのだろう。さらに、踊りがお金になるらしいということで、専業ではなく、にわか仕立ての素人チームが公演に参加したりしている、というようなこともあるのではないか。
バリでも、本物を探すのに苦労するようになってしまった。

ウブドゥ王宮の踊りを見る

口直しに、数日後ウブドゥの王宮の常設小屋にダンスを見に行った。

チケットには「Legong Trance & Paradice Dance by SEKEHE GONG PANCA ARTHA」とある。何かオムニバスのようであるが、昔からある有名な小屋なので、この間のジャンゲルほどひどくはないだろう。
  

こちらは有名なだけあって、客が多い。開演10分前に行ったらすでに120人ほどが座っていた。
客席はよい場所があいてなかったので、ステージの上の大きな銅鑼の横にみつけた隙間に腰掛ける。ここなら、ガムランも踊りもすぐ間近で見える。

開演時に客席をざっと見渡すと、観客はさらに椅子を増設して300人近くにふくれあがっていた。

ガムランは、総勢25名が左右二組に分かれて席についている。それに、さらに女性の歌い手が3名、男性の語り手が1名、袖に陣取っていた。この楽団には羽蟻係りはいないようだ。おかげで、照明のまわりは終演までずっと羽蟻が飛び交っていた。

さて、開演。最初の出し物は、二人の少女をお坊さんが先導してトランス状態にし、踊らせたのちにトランスを解いて客席にむかってチャナン・サリをまくという、いつも最初に演じられる序章のような踊りである。少女にはそれぞれ男女一組の介添えがつく。
この踊りが、実はすごかった。

少女たちが踊りはじめると、そのきびきびした仕草もそうだが、ふたりの動きがぴったり合っているのにまず、はっとする。顔をかしげるたびにいっしょに揺れる髪飾りの花びらの動きまでが同期しているようであった。それがまた、歯切れのよいガムランの音と、キッと呼応していて、銅鑼がすぐ横で鳴り響いているせいもあってか、のっけから、こちらまでトランス状態になりかねないところであった。

演目も豊富で、全体で8ステージほど。踊り手は延べ42名、公演時間は1時間20分。

4番目に演じられた演目は、奇しくもかつてティルタ・サリで見た、例の「男装の麗人を」云々の踊りだった。男装の麗人に扮する男性が、ガムランの伴奏によるトロンポン協奏曲を踊りながら演奏する、という趣向は同じであったが、今回はなぜか気持ちよく鑑賞できた。
以前のものと、曲がずいぶん違っているような気もするし、振り付けも進化しているようだ。なにより、演じ手の容貌が、気色悪くない容貌であったのは、そのあたりも進化したのかもしれない。
  

トロンポンというのは、真鍮のお椀が伏せてずらっと並んでいるような打楽器で、それぞれにおっぱいの先のような突起がついている。ここを、木のバチで叩いて、やわらかい響きの音を奏でる。

  
安心せよ。
やはり、本物はちゃんと残って、しかも進化している。

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