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ダウンサイジング

”ダウンサイジング”とは、単純に規模が縮小することと、やや元気の減退する方向で理解されることがある。

たしかに、企業経営者の視点からは事業規模の縮小、組織規模の縮小、場合によると”リストラ”そのものに言及する文脈で用いられることもあるので、あながち誤解というわけでもない。

工業製品のダウンサイジングは、新しい技術によって、より小さい規模で従来と同等もしくはより高性能の製品をつくることを言っているようなので、後半に着目すると、それほどネガティブな意味ではない。

コンピュータの世界でのダウンサイジングは、もっと積極的かつ戦略的な意味をもっていて、日本ではもっぱらこの意味合いで”ダウンサイジング”という言葉が導入された。

これまでの、コンピューティングの潮流はどうであったか、振り返ってみると、

かつて、コンピュータを利用するには、大型計算機センターに出かけてカードパンチ室でプログラムとデータを打ち込み、それをカードリーダにかけて、新聞の輪転機のようなラインプリンタから結果が出てくる順番を待つ、というようなことをしていた。
メインフレームと呼ばれる大型計算機のシステムが、専用の高度なハードとソフトを備え、すべてのことを一手にこなしてくれていたのである。
恵まれた人の部屋には、端末装置があって、これらの作業を手許でできるようになっていたものの、実際の仕事はメインフレームがやっていたことに変わりはない。

1980年代後半以降、コンピュータ部品の集積度の向上のおかげで、それまでのワークステーションが小型の汎用サーバとして進化し、わたしたちの周りではパーソナル・コンピュータが普及して、かつてメインフレームに依存していた仕事の多くを自分の机の上で処理できるようになった。

さらに、いまではそれぞれのパーソナル・コンピュータがネットワークを通じて相互に連携し、インターネット上に拡散した資源を利用して、ユーザにさまざまなサービスを提供するという、クラウド・コンピューティングの時代にはいっている。

こういった流れは、集積度が18ヶ月ごとに倍になるというムーアの法則からみれば自然の成り行きともいえるが、90年代には”ダウンサイジング”の掛け声でどんどん奨励されたのである。
現在では、ことさらに掛け声として言われることは少なくなっているが、”ダウンサイジング”の成果が、よいことづくめではなかったにしろ、それが単に”小規模化”というだけではなく、もっと本質的な変化をもたらしたことに注目してよい。

それは、処理の分散化と、相互の結合に価値を見出すという変化である。それを通して、言ってみればそれぞれの手許のコンピュータが単なる端末ではなく独立した主体性をもち、それが集まって新しい世界をつくりあげる、という姿がもたらされた。

この、分散と結合というキーワードは重要であって、複雑系における創発(emergence)の効果によって、新しい価値が創造されるためには、おびただしい数の独立した主体が相互に影響しあえるということが必要なのである。

”ダウンサイジング”という概念は、このようなきわめてポジティブな目標を指し示している。

”ダウンサイジング”は、都市経営やまちづくりにおいても、大いに追求すべき目標概念である。

冗長性

第一に、分散することで大きな冗長性をもつことができる。その冗長さがいかにリスクを少なくしているかは、メインフレームにみんなが依存している場合の事故について考えると、よくわかる。
いまだに、廃棄物処理やエネルギー施策は大規模集中による効率化ということを追求しているように見えるが、実はリスク負担を考慮すると、その社会的コストは決して最小とはいえない。

創造性

第二に、冗長さが創造性の親になっているのである。
世の中にいる、さまざまな立場のさまざまな能力をもつ人たちが、それぞれの動機と欲求にもとづいて自由な行動を行えるようにしておけば、お互いに思いつきもしなかったような発想や現象が生まれ出る可能性がある。それは、集中や計画によっては生まれない。

長らく電電公社時代に停滞していた電話機が、民営化後すさまじい勢いで多様化していったのは、技術のせいだけではない。企画や開発が冗長になったおかげである。

それぞれの行動は、自らの動機にもとづくものだから、淘汰されることを恐れてはいない。それで、多くの発想や現象が淘汰されるいっぽうで、偶然なにかしらにかなったものが新しい秩序を生み出すといった、ダイナミックな創造性を発揮するのである。

大量のフリーソフトやシェアソフトを見てみるとよい。目もくらむような冗長さで、同じような機能のソフトを大勢の人がああでもない、こうでもないという仕様でつくっている。組織的にプランされたものではないから、生産性も低く、機能もそれほど高度なものにはなりえないが、なかには大化けするような目論見もでてくる。

民主的

第三に、”ダウンサイジング”は民主的だということである。
生活者それぞれが、自分の環境を管理することについて主体性をもつことができ、他の人たちに対して自分の思いを発信することができる、ということは重要だ。

”ダウンサイジング”の基本にあるのは、冗長性が創造性を生むのであるという信念と、お互いの存在を尊重しあう態度である。

”ダウンサイジング”をバカにしてはいけない。

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