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ライターの火花

いま、ここに3個の百円ライターがある。
以下、これらを眺めながらつらつら考えたことを、とりとめもなく記す。

3個のライター

ライター3個のうち1個はほぼ新品

2個はほぼ使い切ったものの、中にまだ少しガスが残っている。
残っているのに点火しないので、用済みにした。でも、ちょっとしたはずみで点くことがままあるから、まだ捨てられない。
煙草の火をつけるのに、毎回まず用済みのライターから順に点火してみる。たいていうまくいかないので、あきらめて最後にほぼ新品で火をつける。
これは、考えてみるとセコいし無駄である。そのうえ、余計なリスクを生じさせているかもしれない。

セリウム

たとえば、この時にこすりとるフリント、いわゆる発火石にはセリウム70%、鉄30%の合金が使われている。セリウムは原子番号58のレアアース。

環境省の「化学物質の環境リスク評価第8巻」によると

ヨーロッパ8ヶ国とイスラエルの10都市で急性心筋梗塞と初めて診断された70才以下の男性患者684人、年令や居住地等をマッチさせた対照群724人による症例-対照研究では・・・・セリウムと急性心筋梗塞の関連が示唆された。

慢性閉塞性肺疾患の評価のために入院した60才の男性は・・・・生検試料からは高濃度の希土類元素が検出され、セリウムが最も高濃度であったことから、映写技師時代のばく露との関連が示唆された。

などというような記述が散見されるので、まったく無害ということでもないようだ。

セリウムは空気中で酸化されやすく、容易に酸化セリウムになるらしい。
安全衛生情報センターのリストでは、酸化セリウムは

【注意喚起語】危険
【危険有害性情報】肺の障害のおそれ、長期にわたるまたは反復ばく露による肺の障害

ということで、安全対策として「粉じん、ヒューム、蒸気、スプレーを吸入しないこと。取扱い後は手をよく洗うこと。この製品を使用する時に、飲食または喫煙をしないこと」があげられている。

ライターで着火しようとすると、まずこのフリントをヤスリでこすって粉塵にし火花をつくることになる。火が点かないものだから、それを何度もくりかえす。
粉塵になったセリウムは酸化セリウムになって空中に拡散する。その際にそれを吸入するなといわれても困るし、煙草に火をつけようとしたのだから喫煙をしないことといわれてもさらに困る。

体に悪いだけでなく、その90%が中国内陸部の産出になるレアアースをいたずらに消耗している、ということについても少し後ろめたい気がする。

ブタンガス

いっぽう、ブタンガスはどうだろうか。

ブタンガスは噴出量や大気との混合比率の加減が適切でないと、うまく発火点に達しない。まだガスが残っているのに火が点かないのは、このせいである。火が点かなかった場合には、そのままナマのブタンガスを吸入することになる。

ただしブタンガス自体は、急激に大量に吸引したりしないかぎり(そういうことをすると、眠気やめまいのおそれがある、さらには酸欠や麻酔効果による心臓発作や低酸素脳症で死亡する例もあるという)とりたてて有毒というわけではない。
それよりも、不完全燃焼によって発生するすすや一酸化炭素をいっしょに吸入してしまう、というのが怖い。

ほぼ新品でシャカッと点ける前に、用済みライターで何度も酸化セリウムやすすや一酸化炭素を吸うというのは、なんとリスキーなことか。

さらに付け加えると

そうするために毎回親指の腹の指紋をこすり取るので、それを再生するのに一定のエネルギーを浪費していることにもなる。そもそも親指にかかる力を生み出すために、わたしの生体活動のいくらかが犠牲になっているはずだ。

低線量被爆の話題ですっかりおなじみになってしまったLNT(閾値なし直線)モデルを想定すれば、これらがいくら微量とはいえ、わたしの健康にまったく被害を与えないとはいえないであろう。

しかし、よいこともある

使い捨てライターをがんばって使い切っている自分はえらいなあ、という自己陶酔の気分は、ほんのわずかかもしれないが、心の健康に貢献していると思う。それに、何度も裏切られたあげくのほぼ新品による快適な着火は、ストレスを一気に解放してドーパミンを噴出させ、気持ちのよい達成感をもたらす。
こういった効果は、ひょっとすると直前のさまざまなリスクを補って余りあるのではないか。

ところで

放射線影響研究所の坂田律研究員の最近の論文によると

1920年から1945年に生まれ、20歳までに喫煙を開始した人の余命は、同時代に生まれた非喫煙者に比べて男性で8年、女性で10年短縮している。

とのこと。要するに、喫煙習慣は10年近くも余命をカットする。
これに対して、用済みライターの徒労の点火作業がもたらす余命短縮期待値は、おそらく何秒、もしかするとゼロコンマ何秒といったオーダーで、あとの陶酔感や達成感が補う余命延長期待値も、たぶんそんなところであろう。
こんなことをあれこれ考察するストレスの余命短縮効果は、これの何倍も何10倍も大きいかもしれない。

要約すると・・・・というような細かなプラス・マイナスがいろいろとあって、お互いに数秒とか数分単位で相乗されたり相殺されたりしながら、最後に煙草に火を点けたとたんに、寿命がど~んと10年縮まることになるのである。

ついでながら

煙草を入手するためのエネルギーも、ヤスリをこするエネルギーの比ではない。
わたくしごとではあるが、通常パイプ煙草を吸っている。この葉は、自宅から34km離れた煙草専門店に行かないと入手できない。その往復に要するガソリンの燃焼と交通事故の危険を考慮すると、酸化セリウム云々と悩んでいる場合ではなかろう。

用済みライターを無駄にこすってよい、と言っているのではない。

とるに足りぬ障害やメリットをああだこうだと評価しているうちに、その背後にある大きなリスクから目が離れてしまうことがよくある、ということを肝に銘じておきたいのである。

一難去って・・・

ところがこれにも続きがあって、煙草をやめるとそれで本当にリスクはなくなるのか、とも考えてみたくなる。

禁煙したとたんにストレスが蓄積し、網膜脈絡膜炎やメニエール氏病を発症した人もいるとか、ニコチンの食欲抑制効果がなくなるので体重が増えてしまうとか、煙草を吸うと脳の側坐核への刺激によって「やる気」がでるとか、喫煙者は花粉症になりにくいとか、パーキンソン病にもかかりにくいとか、さまざまな説があり、さらに喫煙者はアルツハイマー病のリスクが低いという研究結果が紹介されたりもしている。

これらの禁煙リスクがどの程度の余命短縮効果となるのかはわからないが、ともかく一難去ってまた一難である。

大切なことは

どんな場合にも、リスクがゼロということはありえない。

わたしたちの身は、大小さまざまな危険にさらされっぱなしである。人だけではなく、犬も猫もイモリもオタマジャクシもミミズも、庭や山野の草木も、それぞれ生存を脅かす多様なリスクの中で、それを避けながら必死に生きている。健気というほかはない。
それらのリスクの中には、個体だけではなく、種全体、生態系全体、あるいは地球そのものの生存にかかわるものもある。

大切なことは、どう転んでもリスクはあるという現実を素直に認めること、さらに、それらのリスクの大小を冷静に評価して行動を選択することであろう。リスクのバランスを的確に把握するということである。
目くそと鼻くそのことをあれこれ言っている間に、体全体がどうかなってしまうようでは、これは困る。

それなら、煙草をやめるのかと言われると、微妙なところであり、恥ずかしながら悩みはつきない。

余談ながら

ついでに思い起こすのは、最近何かと耳にする健康食品の話題。

コラーゲン、コンドロイチン、グルコサミン・・・こういった素材の名前を聞かない日はない。これらのエビデンス(科学的根拠)情報はいろいろな公的機関によって公表されているが、たとえば一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会の「健康食品素材の科学的実証データベース」をのぞいてみると、それぞれの有効性の項目に次のような記述が見られる。

グルコサミン・グルコサミン塩酸塩、コンドロイチン硫酸

変形性膝/股関節症の・・・進行抑制効果が示唆されたものが多かったが、有意な効果がないとの報告もあった。
変形性膝/股関節症の症状に関するシステマティックレビューでは、・・・レビューによってばらつきがあった。・・・グルコサミン塩酸塩は痛み軽減に有効ではなく、グルコサミン硫酸塩については現時点では結論が得られないと結論づけたレビューもあった。

コラーゲン、ヒアルロン酸

有効性に関する主要な臨床試験及び科学的に実証された日欧米の公的機関からの報告は見当たらない。

要するに、効くか効かないかよくわからないレベルの効能なのである。効くのかもしれないが、そうだとしてもLNTモデルの左端の原点近くにかすかに引っかかる程度のものであろう。いっぽうで副作用の危険がないわけではない。

サプリメントに頼る前に、生活習慣に注意したほうが何倍も何十倍もあるいは何百倍も効果が期待できるはずで、それに気のつくことが「バランス」感覚というものだ。

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