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農家民宿

ドイツの田舎に泊まりたくて,ミュンヘン南郊の農家民宿を予約したことがある。
着いたのは,夜遅くであった。
雨の中を探しまわって,なんとかたどり着いた時には,すっかりずぶぬれになっていた。ドアをノックすると,民宿の娘さんが待っていてくれて

「あらら,大変でしたね」

と、きれいにベッドメイキングしてある部屋に案内してくれた。
翌朝,ダイニングに降りていくと,かの娘さんが朝食のバスケットとコーヒーを出してくれる。朝食を終えて,部屋にもどり,帰り支度をする。

帰り際,玄関脇のドアが開いていて,その先が広い土間になっているので,ちょっとのぞいてみたら,彼女がひとりで干し草を積み上げていた。ここには,ほかの人はいないのか?

「いろいろありがとう。ところでご両親は?」

と尋ねたら,返ってきた答えが意表をつくものだった。

「わたしは,ここのお客。家主はどこかへ外出中」

ミュンヘンの北のほうの町でなにかIT関係のエンジニアをやっている女性で,休暇を利用して一ヶ月ばかりここに滞在しているのだそうだ。
親戚でもリピーターでもないらしい。夜中にやってきて翌朝そそくさと帰る日本人を,どう見たかわからないが,にこにこしながら見送ってくれた。

「体験」ということに対する真摯な思いが,利用する側にも受け入れる側にも共有されているのがまぶしくて,やや赤面しながら帰ってきた。上げ膳据え膳で,わたしが体験したのは,前夜のぬかるみと,今朝のすがすがしい朝食くらいのものだ。ベッドメイキングさえも彼女がやってくれたのであった。

”本物体験”を前面にうちだして,体験観光の先頭を行く南信州観光公社の新井社長は

「お客の注文は聞かない。受け入れる農家は特別のことをしない。手軽な疑似体験ツアーにはしない。本物から生まれる感動の力は大きい」

と言っておられる。
日本の農村は,疑似体験ツアーのプログラムであふれている。それは,予め代かきをしてもらった田圃に苗を植えただけで「田植えをした」と満足するようなユーザーにも責任がありそうだ。さしずめ,わたしの農家民宿宿泊経験などは,そのよい例である。

それで,わたしは,はずかしくて「ドイツの農家民宿に泊まったことがあります」となかなか言えない。言ってしまったけど。

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