category name  »  page title date

トランペット四方山話

バルブ楽器はアバウト

ピストンやバルブで管の長さを調整して音程を得る金管楽器(ホルン、トランペット、コルネット、チューバなど)は、その調整がけっこうアバウトであって、一定の幅の中で管を伸ばしたり唇を上に向けたり下に向けたりして音程を加減している。

加減しなくてはならない理由は、大きく次の2点にある。
ひとつは、和声の中で要求される音程が、その都度異なるという点にある。
もうひとつは、ピストンやバルブによる管の長さの調整のしかたが足し算であるという物理的要因にある。

まずは、音名表記の基本の復習

Cの次の高いCの音は1オクターブ上の音である。Cから始まる音階は、1オクターブ上のCから再び同じように始まる。
このオクターブのセットが次々に連なって、低音から高音に至る音階が構成される。
1オクターブは、振動数がちょうど2倍になる時の音の高さの関係で、西洋音階では、この1オクターブの中に12の音がある。

音名はC、D、E、F・・・というふうに表記されるが、これにオクターブ番号をつけてC4、C5などと表記すると、その音の絶対的な音程が表現できる。通常、ト音記号のついた五線譜で下に一つはみ出たライン上にある「ド」の音のフルネイムはC4となる。ヘ音記号の五線譜の下から二つ目の隙間にある「ド」はC3である。

平均律

12音の割り振りには歴史的にはさまざまな方式があったらしいが、現在鍵盤楽器で用いられている平均律音階は、この12音を等比で割り当てたものである。
つまり、平均律音階では、基準の音の振動数に2^(n/12)倍したのがn+1番目の音の振動数となる。それで、隣り合う音同士の振動数の比が、いつも一定(2^(1/12)倍)になる。

普通の旋律を自然に奏でると、この平均律の音程になり、移調や転調が任意にできる。
ただし平均律同士は、このままでは相互にハモる関係にならない。
たとえば、261.6HzのC4の完全5度上のG4がきちんとC4にハモるためには、その3/2倍の振動数392.4hzでなくてはならないが、平均律では392.0Hz、同様に長3度上のE4は5/4倍の327.0Hzでなくてはならないが、329.6Hzである。
金管のコラールなどでトロンボーンがCを出しているところでトランペットが正確に平均律のEを出すと、2.6Hzのビリビリ音が混じってしまうことになる。
こうならないのは、そこでトランペットが無意識に少し低めのEを吹いているからである。

管の長さ

物理的要因についてはどうか。
まず、管の長さと出る音程の関係を簡単に整理してみよう。

A4の音の振動数を440Hzとすると、C3の音の振動数は130.8Hzである。
音速を340m/secとすると、その波長は260cmであるので、その長さの半分の長さ130cmの管があればちょうどこのC3の音に共鳴する。
通常のC管といわれるトランペットは、およそこの長さとなっている。

C管が共鳴する倍音の構成

このままの長さで、1オクターブ上のC4、さらにその上のG4というように、整数倍の振動数をもつ音程に共鳴する(図参照。数字は倍数)。そこにあわせた振動を与えてやると、その音が出て気持ちよく響く。途中の音が出ないではないが、汚くて不安定、使い物にならない。
出る音の音程は倍音なので、平均律ではなくC3に対する純正音程である。

昔、ハイドン以前のバルブのないトランペットは、これらの音だけを使って演奏していたらしい。
長い管(つまり基本振動が低い管)を使って、上の方の倍音を用いるので、たとえばヘンデルのメサイア第3部の中の「ラッパが鳴り響き」のような旋律は8倍音以上を多用して演奏できるが、下の方に行くとド・ミ・ソだけといったように連続した音階は使えない。
今でも、たとえばファンファーレや進軍ラッパなどは、この倍音だけを用いた旋律となっている場合が多い。うまくすると、バルブなしのトランペットで演奏できるはずである。

トランペットではないが、モーツァルトのその名も「ポストホルン・セレナーデ」と呼ばれるセレナーデ第9番に出てくるポストホルンのパートは、第3から第8までの倍音だけで書かれていて、実際のポストホルンという楽器にはバルブがなく、右手で高く握り締めて演奏するのである。

ハイドンの有名なトランペット協奏曲は、半音階の出せるトランペットの能力をこれ見よがしに活用した曲となっている。

バルブ・トランペットはどうやって半音階を出すのか。

バルブは普通3個ついている。

各バルブを押した場合の倍音構成

(1)一番手前の人差し指のバルブを押すと、C管の場合15.9cmのバイパスの管が追加されて全体が伸び、ちょうど1音(長2度)だけ音程が下がる。つまりB♭管になったのであり、バルブを使わなかった場合の倍音全体が1音ずつ下がる。これで大分隙間が埋まる。
次に(2)真ん中の中指のバルブを押すと、今度は7.7cm伸びて半音下がる。H管になったのである。
(3)3番目の薬指は、24.6cmのバイパスで1音半下がってA管になる。

これでずいぶんいろんな音程が出せるようになったが、これだけでは半音階をすべてカバーするというわけにはいかない。
たとえば、G♯4がない。E♭4、D4、C♯4がない。A3より下がない。
(このあたり、B♭とHというように音名の英式表記と独式表記をごちゃまぜで用いているが、こうしないとなんとなく座りが悪いので、ご容赦いただきたい)

足し算というのは、ここからだ。

(2)中指と(3)薬指を同時に押すと、バイパスの合計が32.3cmになって約2音下がることになる。これで基本振動のC3がG♯2になり、この倍音でG♯3やE♭4などが得られる。
(1)人差し指と(3)薬指の場合には合計40.5cm、これで約2音半下がる。つまりG2となり、この倍音でG3、D4などが出る。
(1)(2)(3)3つ全部押すと合計48.2cm、約3音下がってF♯2になり、F♯3やC♯4が出るようになる。
(1)人差し指と(2)中指では合計23.6cm、約1音半下がってA2となる。これは、(3)単独とほぼ等しい。

これで、めでたくF♯3以上の半音階がすべてカバーできる。

バイパスはアバウト

しかし「約」とか「ほぼ」とか言ったのは、これには次のような誤差があるからだ。計算上は必要なバイパスの長さは[]内の長さでなくてはならない(()内は誤差)。

1音半 (1)+(2) 23.6cm → [24.6cm] (-3.8%)
2音 (2)+(3) 32.3cm → [33.8cm] (-4.3%)
2音半 (1)+(3) 40.5cm → [43.5cm] (-6.9%)
3音 (1)+(2)+(3) 48.2cm → [53.8cm] (-10.4%)

いずれも、必要な長さよりも短い。二つの組み合わせではそれでも若干であるが、(1)+(2)+(3)となると1割以上も短い。
また、(1)+(2)と(3)単独はいずれも1音半であるから同じはずだが、23.6cmと24.6cmであって、4%近くも違うのである。

バイパスは足し算で行うのだが、音程はべき乗になっているためにこういった誤差が生まれる。
この誤差を矯正するために、唇を上下に歪めるのである。

(3)のバルブはこの組み合わせに関与することが多く、しかも唇で加減するのが大変なため、実は薬指のバイパスはスライド式になっていて、組み合わせに応じて左手の薬指で伸縮できるようになっている。同様に、(1)の長さも左手の親指で調整できるようになっている場合がある。

ちなみに、3本のバルブでは、C管から半音ずつ下がっていってF♯管までしか行かないので、基本振動のC♯3からF3までは音を出すことができないが、ここはあまり音質もよくないので通常は使わない。
ただし、ピッコロトランペットなどはもともと管が短くて、基本振動のすぐ上も使いたいということがあるために、第4の小指のバルブが用意されていて、これは単独で(1)+(3)と同じ2音半下げることができる。

以上でわかるように金管楽器のバルブは、単独で用いる分にはよいのだが、複数の同時押し下げを行うとどんどん誤差が生じて、唇で矯正すべき量が増える。
それでなくても、和声の中でハモるためにいろいろと上げ下げしているのに、さらに余計なストレスがかかるのである。

展覧会の絵

カタコンベのスコアの一部

さて、突然であるが、ムソルグスキー作曲ラベル編曲の展覧会の絵の第8曲「カタコンベ」に、トランペットの素晴らしく気持ちのよいソロのフレーズがある。

わずか4小節、6つの音だけなのだが、それまでの管楽器の重々しいコラールが静まったところで突如、どこかから光が差してくるように響き渡るソロだ。
プロムナードを挟んでその2曲前の「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」では、声高にしかもミュートをつけてチョロチョロ走り回るような情けない上に過酷な演奏を強いられたばかりなので、トランペット奏者にとっては、ことのほか夢見るような気分になれる瞬間である。

このフレーズを、B♭管(つまり、基本の長さがおよそ146cmの管)で吹くと、その時のバルブの使用状況はどうなるか。
実音(in C)で「A-D-C♯-D-C-B♭」なので、B♭管では1音上げて「H-E-D♯-E-D-C」のつもりで吹くこととなる。
人差し指、中指、薬指をそれぞれ(1)(2)(3)、開放をnoと表記すると、これは「(2)-no-(2)-no-(1)-no」となる。半数が開放、その他はすべて単独で誤差の多い組み合わせはない。しかも何かと厄介な(3)は一度も用いない。
このために、この音域が一番輝く音域であることとあわせて、トランペット奏者にとってストレスのない至福の旋律となるはずである。ラベルは、C管を指定しているがこれはぜひともB♭管で吹きたい。

なんていうことに思いを巡らせることができるのは、バルブ・トランペットの美点なのか、それとも弱点なのか?

その他もろもろ

移調楽器

以上の整理はもっぱら「C管」のトランペットをベースに例示したが、いまB♭管に言及したように、実際のトランペットという楽器には、いろいろな調の管がある。
わたしの演奏経験で言えば、管が長い順にA管、B♭管、C管、D管、E♭管、ハイB♭管(通常のB♭管の1オクターブ上)などがある。このほかにもあると思うが、確信がない。いずれもその管の長さに応じた基本振動数の音程を表している。

なぜこんなにあるか、というと、おそらく歴史的には曲の調にあった管を使わないと倍音だけでの演奏ができなかったためであろうが、現在は管の長さによって音質が異なるのを使い分けたいというニーズのためであろう。
大雑把に言えば、管が長いほど音の質感が重厚になり、短いほど明るく軽くなる。

作曲家は、ほしい音質の違いを使う管の種類で指定する。
楽譜の最初に「in D」と書いてあると、この曲はD管で吹いてください、あるいはD管の音色で吹いてください、という意味である。当然ながら、その楽譜はD管で吹くことを前提としているので、実際の音程よりも1音低く表示している。つまり、楽譜上にCのお玉じゃくしが書いてあると、それは実際にはDの音を表すことになる。D管でCのつもりの音を出すと、Dになるのである。
D管で吹く人は、譜面どおりに吹けばよいのだが、これをC管で吹こうとすると、すべての音を譜面よりも1音ずつ上げて吹かないといけない。それを移調という。

作曲家は好き放題の管指定をするし、こちらの持っている楽器の種類は限られているので、新しい曲ごとに異なる移調を行わなければならない、ということになる。
トランペットは移調楽器、といわれる所以である。こんな楽器はほかにあまりないだろう。
通常のクラリネットにはE♭管、B♭管などがあるが、E♭管の曲をB♭で演奏するということはまずない。管楽器にはたいていご本尊のほかにピッコロ○○とかアルト○○とかバス○○とかコントラ○○といった眷属が控えているものの、これらは基本的には別の楽器であって、バス○○の譜面をアルト○○で演奏するようなことはない。トロンボーンには何種類かの管があり、まれに移調楽器として扱われることもあるようだが、基本的に記譜は実音である。

トランペットだけが、このあたり融通無碍なのである。そのおかげで、パズルのような移調計算を年がら年中やっていなくてはいけない。それも瞬時に、本能的に。
「in D」をC管で吹くなどというのは、慣れれば大したことではないのだが、「in H」をB♭管で吹く(H管など持ち合わせるわけがない)などという際には、しかも初見で、さらに原譜に♯が5つもついていたりすると、その緊張感は並大抵のものではない。

あまり思い出したくない思い出であるが、ある大曲の最後の部分でトランペットがフォルテッシモでその曲のメインのモチーフを高らかに鳴り響かせる、という場面があった。これがまさに上のケースだったのである。
事情があって本番当日にピンチヒッターとして招かれて参加し、リハーサルなしでいきなりステージとあいなったのであるが、この最後の場面で思い切り歌い上げたところ、本来長調のはずが短調になってしまった。移調してダブル♯となるべきところが、見落として♯1個になってしまったのである。聴いていた人はさぞかしガックリきたであろう。
移調には、こういう事故のリスクがつねにつきまとう。

作曲家によると、この「in ○○」を数小節ごとに変化させるなどという大胆なことを平気でする人がいる。「ここは重厚に」「ここからは軽快に」といった趣旨なのだろうが、移調する方は大変である(普通、指定にあわせて楽器を持ち替えたりはしない)。この「in ○○」の注記を見逃したりすると、当然ながらまるで曲にならない。
ワーグナーの何かの曲だったと思うが、1小節ごとに異なる指定を行った譜面があった。こうなると、作曲家と演奏者とのバトルのようなものだ。意地悪と意地っ張りとの。

管の形

ラッパは、口元からベルの先まで徐々に管が開いていく漏斗のような形をしていると思いがちであるが、実際はそうではない。

ホルンやコルネット、チューバなどは確かにそうなっているが、トランペットとトロンボーンは基本的に管の直径が一定のままで推移する。正確に言うと、トランペットのC管の場合には最初の80cmほどは同じ径で、残りの50cmのところで徐々に大きくなって、最後にパッと開く。長い水道管の先にロートをつけたようなものである。
ホルンやコルネットなどは、ゆっくりボワ~と開いていく。
どちらかと言うと前者はメリハリの利いた輝かしい音がし、後者は甘く柔らかい音がする。

考えてみると、トロンボーンは水道管方式でないとスライドで長さを調節するという基本的な構造が成立しない。
トランペットとトロンボーンは同じ祖先をもっていて、どこかでスライド派とバルブ派として袂を分かったのであろう。
実際、トロンボーンとトランペットのイタリア名はそれぞれtrombone、trombaであって、同族であることがよく偲ばれる。ちなみに、ホルンとコルネットのイタリア名はcorno、cornettaであって、これもお互い同根であり、trombaたちとは素性が違うことを主張している。

inserted by FC2 system