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トンネル・アート

トンネル・アート

トンネルの坑口に絵や模様が描かれているのが気になりはじめて、しばらく前から見つけると写真に撮るようにしていた。
ふと思い立ってネットで調べてみると、トンネル絵の熱烈なファンが意外とおられるようで、おびただしい写真が掲載されている。

以下の写真の多くは、ファンの方々の撮影されたものを利用させていただきました。いちいち出典を付記することはしていませんが、煩雑を避けるためですので失礼をお許しください。

これらを“トンネル・アート”と呼ぶ人もいる。描かれた題材は、菖蒲の花、梅、桜、神楽の舞姿やお面、白鳥・猿・猪などの動物、そこに縁りの人物、温泉に浸かった婦人像、その他いろいろだが、たいていがご当地ものである。
せっかくのトンネルだから、市民に親しまれる潤いのあるものにしよう、ここは温泉で有名だとわかるようにして、地域のブランド構築に貢献しよう、という気持ちがよくわかる。
撮影者のコメントも、なかには「絵がきもいわ。なんなんやろ」などというものもあるが、「絵が素敵だったので写真を撮った」「きれいな絵だと睡魔が飛ぶ」「かわいらしい」といった、総じて好意的なものが多い。

しかし、これらをアートといってよいものかどうか。
どうみても、レベルの低い塗り絵か、幼稚園児のおもちゃか、遊園地の飾りつけを恐る恐る掲示したようなものが多い。
なかには、学芸会の書割のほうが気が利いているのではないか、と言いたくなるようなものもある。

それぞれに物語があるだろうということはわかるけれども、この安直さはなんとかならないものか、と考えてしまう。
かわいらしいからとか、地域の特色がよくわかるからとか、子どもに受けるからといった声は聞こえてくるものの、そんなことを言う人たちは、人間の情熱の価値というものを貶めているとしか思えない。
大人はもっと真剣にならなくてはいけないのではないか。トンネルが「かわいらしい」と言われてどうするのか。

たまに、こういう素っ気ないがどっしりとした坑口を見ると、ほっとする。こういうのを、デザインという。

これなどは、ごちゃごちゃしてひどい、という人もいるけれども、少なくともそれぞれが必然性をもってそこにあるという意味では、イカの絵のタイルを貼ったものよりも共感がもてる。

同じ“アート”でも、色調を抑えてコンクリートのレリーフにしたものなどは、多少格調が感じられて安心できるものの、デザインの質という点では微妙である。なかには思わず「すげぇ!」とうならせるものもないではないが、残念ながらちょっと踏み外してしまったものもある。

トンネルを掘るという事業は、大人の本気の凄みを示して余りあるものだ。その事業に技術者としての人生をかけた人々もいたにちがいない。
それに釣り合ったデザインを坑口に施して、しっかりと胸を張ってほしい。
河川にしても道路法面にしてもトンネルの坑口にしても、いつの頃からか土木デザインがすっかり自信をなくしてしまって、大衆におもねるような絵を平気で掲げるようになってしまった。

公共事業等景観形成指針

そこらあたりのことを国交省はどう考えているのかと思って、「道路デザイン指針(案)」なるものに目を通してみた。
道路デザインの基本的方向性は「道路の機能を踏まえ、道路を地域に馴染ませること、景観的一貫性を保持すること、控えめで洗練された道路景観を創造すること、過剰なデザインを排除することである」と述べて、トンネルの設計については以下のように記載している。

トンネルの設計では、坑口の形状も含めて圧迫感のない内部景観となるように留意する。
坑口周辺は、換気塔や電気室等の周辺施設の設置や緑化において、景観上の調和に配慮する。

正論ではあるが、少しも具体的な指針とはなっていない。このことは、それぞれの自治体で工夫せよということであると解すれば、大変評価できる指針といえる。

それでは、これを受けた各自治体の「公共事業等景観形成指針」はどうかというと、残念ながらこの国交省指針案のコピーに終始してそこからまったく踏み込んでいないものがほとんどである。以下、順不同で各県市の指針でトンネルについて記載された部分を列挙する。

路線の一部をトンネルとする場合の坑口の構造及び形態は、周辺との調和に配慮したものとする。(熊本県)
坑口部付近は,圧迫感を和らげ,周辺の景観と調和した意匠,材料及び表面処理を工夫する。(茨城県)
トンネルの坑口部は、周辺の景観との調和に配慮した形態及び意匠にするよう努める。また、地域によっては、そのシンボルとして個性的な景観の表現を求められる場合があり、そうした観点から配慮する必要もある。(山梨県)
坑口部は,走行上の違和感を与えず,周辺の景観と調和した坑門形式や壁面処理に努めること。(広島県)
坑口部は、走行上の違和感を与えないよう、周辺の景観と調和した抗門形式や壁面処理に努めること。
トンネル坑口は圧迫感を軽減するため、坑口を広く見えるようにしたり、柔らか味のある表面処理や緑化を施すことが有効である。(島根県)
トンネルの出入り口について、形態、意匠等の工夫および緑化により、走行上の違和感の軽減を図るとともに、周辺の景観との調和に配慮するものとする。(岩手県)
トンネルの出入口については、周辺景観との調和を考慮した構造、形態の選定に努め、坑門形式や壁面処理の意匠、素材等を工夫し、緑化に努めること。(沖縄県)
坑口部は、走行上の違和感を与えないよう、周辺の景観と調和した坑門形式や壁面処理に努めること。(出雲市)
坑口部は、周辺の地形になじむ構造及び形態とし、周辺の植生との調和に配慮した緑化に努めること。(松江市)
a)トンネル、カルバート及びロックシェッドの坑口の形態は、材質、色彩、案内板、情報板、照明などに柔らかみのあるものを利用し、坑口周辺には地域植生に合わせた緑化を行い、走行上の違和感や不安感を少なくする。
b)トンネル内部は明るい印象となるよう構造や内装材に配慮し、内部の閉塞感を緩和する。(三重県) 
・ 抗口部と周辺景観との一体化を図ること。
・ 抗口部の形状工夫により圧迫感を軽減すること。
・ 壁面処理により輝度を抑え周辺景観と調和させること。(鳥取県)
坑口部は、周辺の地形になじむ構造及び形態とし、周辺景観との調和に努める。(石川県)
トンネルの坑口は、圧迫感のない内部景観となるように配慮する。(奈良県)
坑口部附近は、周辺景観となじむよう意匠、素材及び表面処理を工夫するとともに、修景緑化に努める。(横手市)
? 周辺の地形や植生等の自然の改変をできる限り抑え、植生等の自然の復元が可能な形式・工法や坑口位置の選定に努める。
? 坑口部壁面は、周辺の自然景観と調和した素材、意匠となるよう配慮する。(横浜市)
坑ロ部は,周辺の地形に調和した構造及び形態とし,植栽等により修景緑化に努める。(鹿児島県)
トンネルの出入り口の壁面は、目立たないよう面積を小さくするほか、周辺に馴染む仕上げとするとともに、緑化を行うなど、景観への影響を軽減する。(静岡県)

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「周辺景観との調和」が何を意味するのかが不明なうえに、「個性的な景観表現」「地域に馴染ませる」などと聞かされて、現場の設計技師たちや地方議員さんたちが困惑した様が目に浮かぶではないか。思い余って、何か地元に関係した個性的な絵でも描いておこうとなって、ちっとも個性的でない安直な坑口が出現してしまった。

ここで、山形県の公共事業等景観形成指針はほかと違って、次のように具体的に踏み込んで記載している。
賛否両論あったろうが、この指針は少なくとも個性的であり、その見識に拍手を送りたい。

トンネル面壁やシェッド坑門部に絵画を描きこんだり、地域の特産物や行事等をモチーフとしたデザインは、トンネルやシェッド本来の機能とは無関係であり、不自然な印象のものとなりやすく、また、周辺の景観から浮き上がり目立つ存在となりやすいため、できるだけ用いないようにする。(山形県)

トンネル・アートだけではない

なにを偉そうにこれらの微笑ましいデザインを批判するのか、かわいらしいからよいではないか、現に子どもたちやツーリストたちは喜んでいるではないか、という声が聞こえる。
ある都市の年末恒例のイルミネーションは、国籍不明のメルヘン調のお城や馬車や汽車などが脈絡なく並んで盛大に催される。ディレクターの顔も見えないそれが、わたしの目にはアメリカ西部の田舎町のお祭りの飾りつけのようにしか見えないので、そのことを指摘すると、まったく同様の反論が返ってきた。観客が大勢訪れる、子どもたちが喜んでいると。

こういう意見は、ある種のポピュリズムだ。
機会をとらえて向上しようとするのではなく、低いところに意識を平準化しみんなで楽をしよう、という姿勢である。
子どもたちに見せたいのは、そういう姿勢ではなかろう。
大人が本気を出すと、こんなに凄いのだということを示すことこそ、わたしたちの役目だ。

トンネル・アートに人生をかけてくれるようなアーティストは必ずどこかにいるはずだ。
トンネル事業の巨大さから見れば、そういうアーティストを探すことはそれほど大変なことではないだろう。
どこかにあるはずの、アートとしての成功例をこれからも探したい。ちなみに、バリ島にはパブリック・アートにしろお祭りにしろ、半端でないものがいっぱいあるのだが・・・。

パブリック・アート

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